<5月説教要旨>
「一人一人に留まる聖霊」(5/31)
「そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった」
(使徒言行録2章3節)
本日は「ペンテコステ」「聖霊降臨日」の主日です。教会にとっては「イースター」・「クリスマス」と合わせて三大主日の一つです。教会暦は、今日から「聖霊降臨節」あるいは「三位一体主日」と呼ぶようになり、クリスマスの降誕前まで続きます。この「ペンテコステ」という言葉は、「50日目」「第50番目」を意味する用語です。元々はイスラエルの三大祭の一つ「五旬節の祭」を指すものでした。
イエスが十字架に架けられたのが「過越祭」の前日。そして、3日目には「復活日」を迎えますが、「過越祭」であるニサンの月16日から数えて7週間後、すなわち50日目に訪れるのが「五旬節」です。または「刈入れの祭」(七週の祭)と言われていました。「春の小麦の収穫祭」です。古い農耕的祭儀がその起源となったものです。カナン地方の昔からあった農耕的な祭りを、その後入植したイスラエルの民が「シナイ山でモーセが十戒を与えられた日」として再解釈していきます。さらに、初代キリスト教会は、キリスト・イエスの復活から50日目に、神の命の息吹である「聖霊」が降った日として記念するようになります。
新約聖書においては、「聖霊」(プニューマ)はキリスト・イエスを通して働く「神の力」であり、「心」「気」「神の息」あるいは「風」というような言葉にも訳されています。ヨハネ福音書では「聖霊」を「パラクレートス」(「弁護者」「助け主」「慰め主」)と表現しています。いずれも「働き」・「関わり」としての力や促しとして受けとめられています。具体的には「信仰を与える働き」、「神の業を想起させる働き」、「和解と執り成しを与える働き」、「愛する自由を与える働き」など、あるいは「教会を造り上げる働き」も「聖霊」の業であると言えます。
エルサレム教会は、使徒言行録2章で示されるように、この「聖霊」を豊かに受けて成立していきます。使徒言行録はルカ福音書の第二巻として書かれたもので、ルカ文書の著者は神の救済の歴史を3つに時代区分して記しています。第一が「イスラエルの時」、第二が「イエスの活動の時」、そして、第三が聖霊降臨日、すなわち「教会の時」として区分し、教会が力強く宣教を開始した時として捉えています。それは終末に至るまで続く時であり、現代に生きる私たちは、主イエスの委託を受けながらこの「教会の時」を歩んでいます。弟子たちは、約束の「聖霊」を〈待つ者〉から、〈持つ者〉になり、キリスト・イエスの証人として始動していきます。それは「受動」から「能動」へと転換させられた出来事でした。つまり、「聖霊」は人間の主体となりたもう神であると言えます。しかも、一人一人に聖霊が留まったように、「個」として生きることの大切さを示しています。
(説教要旨/菅根記)
「あなたがたと共にいる」(5/24)
「だから、あなたがたは行って、すべての民を私の弟子にしなさい」
(マタイ福音書28章19節)
新型コロナウイルス感染症の拡大によって全世界でロックダウン(都市封鎖)や入国・出国の制限、外出の自粛(禁止)などが行われ、人と人との交流が著しく制限されました。この日本においても、人との接触を8割減らすように政府より要請がありました。このような状況になって、人との交流が失われていく中で改めて、顔と顔を合わせて言葉を交わすことの出来る「日常」の大切さを感じさせられます。人間は他者と交流することによって免疫や代謝に影響があると言われています。人と人との交流、つながりというのは、人間にとって重要な事であります。そして反対に人とのつながりが失われ、孤立することによって、私たちの心や体は不安に包まれてしまうのです。
聖書の時代に目を向けてみると、イエスの活動したユダヤでは、ユダヤ教という宗教によってアイデンティティが確立され、つながりの強い社会が構成されていたように感じます。しかしながらこのユダヤ教という宗教によって、あるいはその掟である律法を過度に遵守させようとする律法主義的考え方や神殿を中心とした宗教体制によって、その社会から弾かれ、つながりを断ち切られてしまっていた人々も多くおりました。人とのつながりが失われ、また神とのつながりも否定された状況でありました。
本日の聖書箇所、マタイによる福音書28章16節からでは、ガリラヤでの復活のイエスと弟子たちとの出会いが報告されております。16~17節にはユダを除く「11人の弟子たちはガリラヤに行きイエスが指示しておられた山に登」りそこでイエスに出会います。イエスと出会った弟子たちは、「ひれ伏し」礼拝しつつもその一方で「疑う者もいた」と報告されております。
そんな疑いの思いを持つ弟子たちに対してイエスは次のように語られます。「世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる(20節)」。この言葉から思い出されるのはマタイ福音書のイエス誕生物語で天使が語った言葉であります。「その名はインマヌエルと呼ばれる(1章23節)」。「インマヌエル」とは「神は我々と共におられる」という意味の言葉です。イエスはその生涯においてこのような社会から疎外されていった人々に寄り添い、その苦しみ、悲しみを共有し、多くの言葉と行いを持ってこの人々を救われました。この生涯において示された、体現された人々に寄り添う神の姿、私たちとともにいてくださる神の姿。このイエスの歩みによって「神ともにいまし」との言葉が証明されているのです。そして改めて復活のイエスの言葉として「あなたがたと共にいる」と語られることによって、弟子たちは、また私たちは疑いの思いを捨て新たに歩みを進めることが出来るのです。
(説教要旨/髙塚記)
「証しの原動力」(5/17)
「父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。」
(ヨハネ福音書15章26節)
教会は「善人男女の集まり」と言われることがあります。また、「崇高で敷居が高い」とも言われます。「私などの俗人はとても」と、ご近所の方や記念会などでご遺族の方から言われることがあります。これも教会の一つのイメージなのかも知れません。私は、教会は「欠けたる者」「弱きもの」「躓き多い者」、いわゆる「罪人」の集まりでしかないと語ります。しかし、それ故に、完全でないにしても「互い愛し合う」「互いに赦し合う」共同体としての姿を持ち合わせていると思っています。時に、「偽善者」と言うような批判的にさらされることがあります。謂われなき嘲笑に晒される時もあります。それでもイエスは「神の国」の豊かさ、神の愛の深さ、広さ、高さを語り、福音書はイエスの十字架の死こそが、愛の真実の姿であることを告白しています。
さて、本日の聖書個所であるヨハネ福音書15章18節以降は、「憎しみ」が溢れる世のただ中で、どのように「教会」があるべきか。あるいは、どのようにキリスト者は生きるべきかをイエスが語るという設定になっています。このヨハネ福音書は、マルコ・マタイ・ルカの「共観福音書」と構成も資料も違い、独特の「キリスト論」(イエスは何者あるかとの問い)を展開することから「第四福音書」と言われています。時代背景としては、ユダヤ教からの厳しい迫害下、キリスト教の信仰共同体から離れていく信徒の群れがありました。その状況下、信徒を慰め、励まし「世に勝つ信仰」を守るように促す目的で書かれたと言われています。15章は13章から始まるイエスの「告別説教」の中間地点に当たるところです。
「世があなた方を憎む」(18節)は非常に厳しい言葉です。「憎む」は、ヨハネ福音書においては「この世」の人々のイエスとその弟子たちに対する憎しみを表すのに用いられる言葉です。自分を中心に生き、自分を一番大事にしていくことが世の常である場合、不義を暴き悔い改めを迫るイエスの教えは多分に拒絶の対象になります。そのために、イエスは「この世」から激しい怒りと憎しみによって十字架の死へと追いやられていきます。そして、弟子たちも「この世」に生きながら、しかし、「この世」に属するものでないゆえに「憎しみ」を受けることを語っています。それでも、イエスは弟子たちに対して、「憎しみ」や「怒り」でなく「愛をもって」と促します。この愛こそがイエスの証人として立つ弟子たちの原動力であることが示されます。分断・分離される時代状況の中で、「憎しみには愛をもって」のイエスのメッセージを深く受けとめていきたいと思います。
(説教要旨/菅根記)
「聖霊の導きに従って歩む」(5/10)
「霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です」
(ガラテヤ書5章22節)
日本の社会では「宗教」と言うと、「救い」という概念が先ず脳裏に浮かびます。人生を歩む中で出会う「苦悩や悲しみ」「絶望や失意」から逃れるように人は様々な「宗教」を追い求めていきます。キリスト教もイエス・キリストによる救いという根本的教義をその根底に抱えています。しかし、聖書の示す「信仰」の理解には、イエス・キリストによって啓示された神によって救済されていくという視点と、同時に、「自由」という概念が非常に重要視されています。「抑圧からから解き放たれていく」との「自由」の概念の形成はキリスト教の特徴であると言えます。
「信仰と自由の手紙」と言われているガラテヤ書は、使徒パウロによって紀元54~55年頃エフェソ(あるいはマケドニア)滞在の折に執筆された手紙と言われています。パウロの福音理解と使徒職の正当性を明らかにし、さらに、信仰と律法を二者択一の形で捉え直して、独自の信仰義認論を展開しています。本日の聖書個所である5章以降、倫理的勧告の部分では、律法に従属することからの「自由」が唱えられる(5章1節)と同時に、「ただ、この自由を肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい」(13節)と述べています。
「自由」とは人間の主体性を示す最も大切な言葉です。確かに日本語の「自由」の語彙の中には「勝手気まま」との意味がありますが、本来の「自由」は主体的に正しい決断ができることを言います。しかも、パウロは、その「自由」を自力によって得たものではなく、キリスト・イエスによる解放と神の召しによって与えらえたものとして受けとめています。そして、ガラテヤの教会の人々に「霊の導きに従って歩みなさい」(16節)と勧告します。
パウロは人間の在り方を「肉的」なものと、「霊的」なものと2つに分けて対比します。「肉」(サルクス)はあるべき姿を失った存在、神との関係が断絶してしまっている人間の状態を指しています。他方、「霊」は神との関係の回復によって、神との交わりに戻された状態をいいます。ここで、パウロは自己点検する手がかりのように、「肉の業(悪徳表)」(19~21節)と「霊の結ぶ実(徳目表)」(22~23節)を示します。いずれにせよ、この基準表は信仰や倫理の度合いを判定するものではなく、自分自身の在り方を問い直すときの指標のようなものです。特に、後者の「霊の結ぶ実」は、霊の賜物として与えられるもので、聖霊の確かな働きを覚えて感謝の生活へと促されていく指標です。「うぬぼれて互いに挑み、妬む」ガラテヤ教会の人々に、自らが寄り立つ場がどこであるか、本当に「自由」であることの喜びを獲得できるように促しているのです。それは私たちへの促しでもあるのです。
(説教要旨/菅根記)
「真情あふれる問いかけ」(5/3)
「イエスは言われた。『わたしの羊を飼いなさい』」
(ヨハネ福音書21章17節)
「昔取った杵柄」という諺があります。「若い頃に身に付けた技量や腕前のこと。また、それが衰えないこと」を言います。さて、イエスが十字架で死んだ三日後、復活されたイエスとの出会いの経験をしたはずのシモン・ペトロたちは、ガリラヤ湖畔に帰り漁師に戻ります。「人間をとる漁師にしよう」(マルコ福音書1章17節)とイエスに招かれ従ったペトロたちは失意と悲しみが癒えずに元の漁師に舞い戻ってしまいます。「昔取った杵柄」に頼って生きようとしたことをヨハネ福音書の付加文書である21章は伝えます。
ペトロはベッサイダの出身。イエスの招きに応えて最初の弟子となった漁師です。イエスへの迫害や追求が厳しくなる中で、彼はイエスを「メシア」(キリスト)と告白し、弟子としての覚悟を鮮明にします。しかし、イエス逮捕後、鶏が鳴く前に3度「その人を知らず」とイエスを拒絶した破れと弱さをもった弟子でした。しかし、その後、初代教会の指導者として重要な役割を果たし、晩年はローマに滞在。皇帝ネロのキリスト教徒への迫害の時に殉教を遂げたと言われています。
本日の聖書個所であるヨハネ福音書21章15~19節は、ペトロの生涯のうち、その後半生と関係が深いところです。特に、「年をとると、両手を伸ばし、他の人に帯びを締められ、行きたくないところへ連れて行かれる」(18節)とあるように、ペトロの殉教を暗示しています。
ここでイエスはペトロに対して、「ヨハネの子シモン、私を愛するか。」三度繰り返して尋ねます。イエスを「三度知らない」と否んだあのペトロの挫折と失敗を執り成すかのような問いかけです。その問いかけは、再度ペトロを立ち上がらせていくイエスの真情溢れる思いを読み取ることができます。しかし、同時にイエスの招きは「この人たち以上に」とのように厳しい問いかけになっています。「この世の他のものに優って」愛することが求められているからです。さらに、三度目の「愛するか」の問いは「フィレス(好きか)」というギリシア語が用いられ、「イエスの人格」「生涯」「振る舞い」「語り口」の全てを受け入れていくかとの深く愛情に満ちたものになっていることに気づかされます。
このイエスの三度の迫りに対して、ペトロは応えていきます。そして、イエスは「私の羊を飼いなさい」との派遣命令を与えます。ペトロにとってこの働きは、おそらく自信に満ちたものではなく、挫折せる者になお迫るイエスの赦し抜きにはありえない招きの言葉であったに違いありません。「わたしを好きか」との問いかけに、イエスの大きな赦しを見ます。その赦しこそ私たちに再度立ち上がらせる力となっているのです。
(説教要旨/菅根記)