神戸教会の主日礼拝

毎日曜日 午前10時15分より

神戸教会の主日礼拝には、信徒・求道者・学生など毎週約120名の方が出席しています。ゴシック調の築88年の会堂にて、パイプオルガンの音色と讃美の声が響き、聖書の言葉に心を向け、牧者の説教が行われます。どなたでもどうぞお気軽に礼拝にご参加ください。

神戸教会の主日礼拝の様子

<礼拝案内>

主日礼拝
2022年10月2日(日) 午前10時15分より
【聖霊降臨節第18主日】 



説 教
「神の見守りの中で
大塚 忍牧師

聖 書
マルコによる福音書4章26~34節
詩 編
96編1~9
讃美歌
21-81、21-504ほか





自宅礼拝用讃美歌 奏楽者:瀬尾千絵姉

 以下の讃美歌番号をクリックすると讃美歌が流れます。お好きな讃美歌をご自宅での礼拝にご活用ください。

21-17 聖なる主の美しさと

21-18 「心を高く上げよ!」

21-24 たたえよ、主の民

21-27 父・子・聖霊の

21-351 聖なる聖なる

21-475 あめなるよろこび

21-463 わが行くみち

21-493 いつくしみ深い

21-494 ガリラヤの風

21-575 球根の中には

「神が人の愛の業を成長させる」(9/25)

「(神は)あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を生長させてくださいます。」
(コリントの信徒への手紙二910)

 教会暦にしたがってコリントの信徒への 手紙Ⅱ 9章を学びます。この書簡では、8-9 章が一つのまとまりを形成しており、そこ には奉仕と献げ物について記されています。 パウロの名を聞きますと最初に信仰義認論 が思い浮かびますが、彼は、異邦人への宣 教(ケリュグマ)や他者への奉仕(ディア コニア)、交わり(コイノニア)など、今日 の教会の在り方を基礎づけた点でも重要な 役割を果たしました。それらがコリント書 にも確認されます。まずパウロの歩みを概 観しておきたく思います。  
 パウロはイエスとほぼ同時期、紀元前後 に小アジアのタルソスでユダヤ人の家庭に 生まれました。若き日にエルサレムに留学 して高名な律法学者ガマリエルの指導を受 け(使徒言行録22:3)、伝統的なユダヤ人 の精神と信仰を引き継いだ者として、律法 の実践による義(宗教的正当性)を確信し ていました。しかし他者の罪をも引き受け て十字架にかかる愛(アガペー)を示した イエスとの出会いによって、それまで積み上 げたものを「損失」(フィリピ3:7)とさえ 思うに至ります。彼は律法の行いによって自 分自身が造り上げる義ではなく、不十分な 業をも神が受け入れ、義と認める信仰が啓 かれます。そしてパウロは神の受容がユダヤ 人に限定されないことを悟って異邦人への 宣教を使命と覚知し、三度にわたる伝道旅 行で小アジアからギリシアの各地に教会を 設立しました。  
 その一つ、コリントの教会はパウロが紀 元50年代初頭に18ヶ月間滞在して設立し た、大きな思い入れのある共同体です。し かし彼の後に来た伝道者がパウロの使徒と しての資格や律法に対する姿勢を批判し、 メンバーは動揺しました。50年代中頃のこ とです。パウロは反論をしたためた書簡を 送って教会の人々との信頼を回復したこと を確認し(Ⅱコリント7:16)、奉仕の業と 分かち合いの交わりを語って(9:12-13)、 エルサレム教会(9:1「聖なる者」)への献 金を勧めます。エルサレム教会にはユダヤ人 改宗者が多数おり、彼らは生活習慣として の律法との距離をめぐってユダヤ人社会から 疎外され、結果として貧困にあえいでいまし た。パウロはそのような信仰の苦悩への支 援を訴えます。  
 パウロがこの献金で強調したのは「自 由」の問題でした(8:3「自分から進んで」、 8:12「進んで行う気持ち」、9:7「心に決め たとおり」)。彼はこの語を、「肉に罪を 犯させる機会とせずに、愛をもって互いに 仕えなさい」(ガラテヤ5:13)との文脈で 用い、愛の概念と関係づけました。それは 自身の力を誇示する場ではありません。そ れぞれの「力に応じて」(Ⅱコリント8:3) 献げる奉仕は、私たちの十分とは言えない 業を「(神が)成長させてくださ」ること を知る機会なのです。(本日説教要旨/飯記)

「福音のともし火を携えて」(9/18)

イエスは言われた。「ともし火を持って来るのは、升の下や寝台の下に置くためだろうか。燭台の上に置くためではないか」

(マルコによる福音書 421)

 マルコによる福音書「5千人の供食物語」 に当時の人々の様子が描かれています。「イ エスは舟から上がり、大勢の群衆を見て、 飼い主のいない羊のような有様を深く憐れ み」(634)と。「飼い主」はユダヤ教の 指導者たち、「羊」は群衆のことです。本 来、人々を守るべきユダヤ教の指導者たち は、人々に対して何もしていなかったことが 報告されているのです。また、ユダヤ教の指 導者たちは、律法を守ることができない 人々を裁きの対象としていました。さらに は、病者に対してはは罪人のレッテが貼ら れ、共同体から離れざるを得ない人々も現 れました。  
 イエスは、これらの人々を思い起こしな がら、「ともし火」、「秤」の格言を語っ たのです。ここで語られている「ともし火」 とは「福音」です。「福音」は神様の恵み によってすべてのしがらみから解放された圧 倒的な喜びの状態のことです。しかし、現 実には、社会の外へと共同体の外への追い やられている人々が存在し、その福音を知 らない人々がいたのです。その人々がこの 福音を知り、この福音の喜びに生きるため に、目立たないような場所ではなく、燭台 の上、すべてのものを照らす場所に福音は 掲げられるべきなのだ、とイエスは言うの です。
 《秤》はものさし(尺度)という意味で すが、この文脈では他を裁くという意味で 使われています。イエスの弟子たちはイエス と共に神様の言葉を語る者となっていまし た。福音の喜びを語ることが弟子たちに与 えられている役割でした。しかし、少しずつ 権威主義に傾斜していくということがあっ たのではないでしょうか。他者の信仰を、 自分の信仰の秤・尺度で量るというような ことが起こっていたのです。イエスは、弟子 たちのそのような言葉、行動を見逃さな かったのです。イエスの弟子たち、のちの教 会にとって実に厳しい戒めの言葉となって います。  
 25節の言葉は難解です。あなた方は持っ ているのだから、心配しなくて良いのだ、 と 語 って い る の で は あ り ま せ ん 。 信 仰 《持っている》と思っている弟子たちに対し て、本当にそうなのだろうか、と注意を促 しているのです。もう一度、信仰が与えられ ているという恵みを恵みとして感謝するこ とが大事なのではないか、とマルコによる 福音書のイエスは語りかけているのです。  わたしたちは、イエスキリストによって、 神さまのから福音が届けられています。福音 はわたしたちを自由へと導きます。いや、わ たしたちだけではなく、すべての人を自由 へと導くものです。わたしたちは、その福 音のともし火を携えてこの時代を生きたい と思うのです。しかし、語る者は人間であ ることも意識していなければなりません。 不完全な人間に言葉を語るように促される 神さまに信頼しながら謙虚に言葉を語って いきたいと思うのです。わたしたちが生き ている時代も厳しい時代となっています。し かし、そのともし火を升の下に置くような ことがあってはならないのです。  (本日説教要旨/大塚記)

「わたしを待ち続ける方」(9/11)

「良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて受け入れる人たちであり、ある者は三十倍、 ある者は六十倍、ある者は百倍の実を結ぶのである。」

(マルコによる福音書 4章20節)

 今朝与えられました410節以降のテキス トは、41節から9節「『種を蒔く人』のた とえ」の解説になっています。以下は岩波 『キリスト教辞典』の「比喩」の解説です。 「ナザレのイエスの「神の国」の宣教にお いては、その都度の必要に応じて即興的に 語られたたとえ話が圧倒的に多くを占めて いる。しかし、イエスの死後の原始キリス ト教会においては、元来のイエスのたとえ 話も、教会内部の信徒教育、共同生活の指 針、外部世界との論争などの場に転用され 続けるうちに形態変化を蒙り少なからず寓 喩化されていった。マコ41-9413-20 に 対 す る 関 係 が そ の 典 型 的 な 事 例 で あ る」。ここに記されている通り13節以降は 編集者の手によってイエスの口に入れられ たものだと考えられます。  
 「種を撒く人は、神の言葉を撒くのであ る」という言葉からは、伝道者の姿が重な るのですが、すぐにこの人は登場しなくな ります。15節は4節の解説です。ここでは道 端と人間が重ねられています。神様の言葉が 道端である人間に撒かれたのだけれども、 それを内側に宿すことができず、すぐにサタ ンに持っていかれてしまったと、と。16節 は5節の解説です。石だらけの所に撒かれた ものは、種と人間が重ねられています。砂の 下の岩によって根を張ることができずに、 大きな力に抗うことができずに倒れてしま う、と。この編集者が生きていた時代に は、キリスト教徒への迫害が起こるように なっていたのではないでしょうか。18節は7 節の解説です。茨の中に撒かれたものも、 種と人間が重ねられています。この人の場合 も御言葉を聞きます。そして、しばらく信仰 生活を続けていくのですが、み言葉以外に も色々な価値を見出すようになってしまい、 信仰生活がストップしてしまうということ が説明されています。  
 イエスの十字架の後、急速にキリスト教 の宣教は展開されていくと共に迫害も行わ れるようになりました。教会から離れてい く人々も大勢現れるようになってきたので はないか、と思われます。それらの人々に 対して、この例え話は語られたのではないで しょうか。教会から離れようとする人々を 留まるようにと促し、停滞気味の信仰に対 する活性化を促すような意図があったので はないかと思われます。しかし、これは、 他人から言われるようなことでありませ ん。他人から言われなくても、自分の胸に 手を当てて考えれば理解できるのです。自 分を「道端」、「石だらけの所に撒かれた もの」、「茨の中に撒かれたもの」に重ね 合わせ苦しんで抜け道がなくなってしまう ことがあるのです。               
 しかし、わたしたち人間を新しい場所に 植え替えてくださるのが神様なのです。そし て、30倍、60倍、100倍の恵みをお与えく ださり、もう一度新しく生きることを促して くださるのです。そのことを聖書は福音(喜 ばしい出来事)としてわたしたちに伝えよ うとしているのです。(本日説教要旨/大塚記)

「種蒔く人へのまなざし」(9/4)

「ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった」

(マルコによる福音書 48)

 冒頭に登場する「おびただしい群衆」とは、生活に苦しみ悩む人たちだったと思われます。彼らはイエスならこの苦しい生活から解き放ってくれるのではないか、という期待を抱きながら彼のもとにやってきたのです。旧約聖書の続編(外典)の第四エズラ記841(新共同訳聖書の続編ではエズラ記・ラテン語)にもイエスのたとえ話と似ている言葉が記されています。「農夫が地に多くの種を蒔き、多くの苗を植えるが、時が来ても、蒔かれたものがすべて無事に芽を出すわけでなく、植えられたものがすべて根づくわけでもない。それと同じく、この世に蒔かれた人々がすべて救われるわけではない」。群衆たちもこの言葉を知っていたと思われます。ここに記されているのは「救いはすべての人にではなく特定の者に」ということです。律法を忠実に守る者こそ救いに至るという意味です。しかし、集まってきた群衆は、律法のために生活を整えることができない人たちであり、自分達は救われるような存在ではないのだ、という諦めを抱いていた人々です。そのような群衆たちにイエスは、「『種をまく人』のたとえ」を語り出したのです。
 道端に落ちた種、石だらけで土の少ない所に落ちた種、茨の中に蒔かれた種、これらはすべて途中で成長が止まってしまいました。群衆たちはここまで聞きながら、イエスに対して「この人もあのエズラと同じように『救いは特定の者に』という話をしようとしているのでは」と感じていたのかもしれません。しかし、イエスは「他の種」も撒かれていたと話し始めたのです。田川訳では「ほかの多くのものは良い地に落ちた」と訳されていました。そして、イエスは「30倍、あるものは60倍、あるものは100倍にもなった」と言ったのです。群衆の多くは、この言葉を聞いて、ようやく安心したのではないでしょうか。3節から7節までの種に使われているのは全て不定過去(アオリスト)と呼ばれている時制です。これは過去の1回的な出来事として述べられるものです。対して、8節だけが継続を表す未完了過去が使われています。つまり、最後の多くの種は、芽を出し、育って実を結び、予想外の実りをもたらす。しかも、1回的に完結してしまうのではなく、持続する出来事なのです。群衆は「神さまはいつもわたしたちの働きを見守ってくださっている」と受け止めたのではないでしょうか。
 詩編12656節には種蒔く人の素朴な神様への信頼の言葉が記されています「涙と共に種を蒔く人は/喜びの歌と共に刈り入れる。 種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は/束ねた穂を背負い/喜びの歌をうたいながら帰ってくる 」。
 わたしたちの人生にも重なります。わたしたちも、涙を流しながら歩む者です。しかし、その涙を神様はぬぐいとってくださる。そして多くの恵みをお与えくださるのです。わたしたちもまた、神さまのまなざしに支えられて種を蒔くことができるのです。 (本日説教要旨/大塚記)

「古い生き方を捨てる」(8/28)

「そこで、わたしは主によって強く勧めます。もはや、異邦人と同じように歩んではなりません。」 (エフェソの信徒への手紙 417)

(エフェソの信徒への手紙 417)

 
今朝与えられた聖書日課エフェソ4:17‐24では、誰が著者なのでしょうか。1:1ではパウロとなっていますが、現在の研究ではパウロ自筆ではなく、パウロの思想を受け継いだ普遍的な教会論を主張しています。今朝、私もパウロの名前を使って語ります。
 17節「わたしは主にあって強く勧めます」と有りますが、直訳すると「主にあって、わたしは語り、証言する」となります。これから語ることが単にパウロの思いだけでなく、主のみ心を証言するという意味です。換言すると「わたしが語る言葉は、主の言葉である」と言うのです。パウロは更に「もはや、異邦人と同じように歩んではなりません」と言います。元々エフェソ教会は異邦人でしたから、この言葉に戸惑います。ここで新共同訳は命令形で訳していますが、原文では不定過去で書かれ、「異邦人が歩むように歩むことはない」と言うのです。エフェソの教会に「あなたがたは、もはや異邦人ではない」と、異邦人を越えた生き方を宣言しています。では、誰なのか。正にキリスト者です。2:19では「あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族」と言っています。キリスト者は神の家族の一員としてのアイデンティティを持てと心に刻みたいと思います。 
 更にパウロは以前のような生き方をしない様にと、当時のエフェソ教会が、神の命から遠く離れた状況であったと語ります。正に日本の教会も異邦人の中に建てられどう生きかが問われます。
 現在の日本の現状は、パウロの言葉を借りると放縦な生活にふけっているかも知れませんが、パウロの言葉を聴きたいと思います。
20節「キリストをこのように学んだのではありません」と語り、21節「キリストに聞きキリストに結ばれて教えられ」と語ります。直訳すると「彼に聞き、彼を学んだ」となります。しかも突然に、「真理がイエスの内に」と語ります。ナザレのイエスに示された具体的な倫理、歩み方に注意したいです。
22節「新しい人を身に着け」と語ります。これはキリストを着ることです。生けるキリストとの交わりを与えられた者にはキリストを着ることが起こります。正に礼拝を通して新しいキリストとの新しい出会いが起こるのです。
(本日説教要旨/阿部記)

「神の国は誰のもの?」(8/21)

「子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」

(マルコ10章15節)

 ところが、「子どもは希望」といった考え方をするようになったのは、たかだかこの200年から300年くらいです。
 イエスの時代はどうだったか?紀元前16月に、ある労働者が妻に宛てた手紙を見ると、妻には優しいけど、お腹の中の子どもにはとても冷たいです。この時代の幼い子どもは、父親が自分の家族として受け入れなければ、存在し得ない。父親が「いらない」と言えば、どぶやゴミ箱に捨てられる。その結果その子は死んでしまうかだれかに拾われて奴隷として育てたれる。
 2000年前の地中海世界では、子ども、幼子は無に等しい存在、人格を認められない存在だったのです。「虐待」という概念すらありません。子どもが育つというのは大変なことでした。
 人々がイエスのところに子ども達を連れてやってきます。恐らく貧しい農民の母親達でしょう。幸いにも子どもを育て、愛情を注ぐことが可能となって家庭の女性達は、せっかく与えられた子どもを大切にしていたのです。
 弟子たちは、その女性達をイエスから遠ざけようとします。叱り飛ばし、イエスに近づくなと。これは弟子たちの善意です。
 ところがイエスは「憤り」ます。「子供たちをわたしのところへ来させなさい。」また、「子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」と言います。
 子どもに「触れる」こと、「抱き上げる」こと、「手を置いて祝福する」こと・・・これは、父親が生まれた子ども、赤ちゃんを家族の中に受け入れることを意味しています。
 イエスが語る「神の国」は「生き方」を意味しています。もし、「神の国が子ども達を受け入れる」となっていたら、もっとわかりやすかったかも知れません。神さまが受け入れてくれるかどうかにかかっていると考えた方がわかりやすい。
 ところがイエスは、子どもが神の国を受け入れる、というのです。
 「お前なんか生きる価値がない」「存在する意味ない」と言われていた人が、最も神さまに近いのだ。それが世界が神の国。
 「子どもは希望」と申し上げました。
 敬愛する関田寛雄先生の著書「目はかすまず気力は失せず」(2021,新教出版社)にこんな言葉がありました。
 キリスト教の「希望」とは、いつも「にもかかわらず」の希望です。先が明るく見えているから、というのは「希望」ではありません。お先真っ暗の中「にもかかわらず」希望があるというのが聖書の希望です。(p.42
 にもかかわらず希望がある。にもかかわらずの希望がある。
子どもたちが希望だからです。イエスが抱き上げたのは希望です。
 イエスが祝福したのは希望です。わたしたちが子どもを真ん中に招き、子どもと共に生きることは、希望と共に生きることです。
 このことを常に心の真ん中において、子どもと共に、希望と共に歩んで参りたいと願っています。(本日説教要旨/相澤記)

「イエスと家族」(8/14)

「周りに座っている人々を見回して言われた。『見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。』」

(マルコ3章34節)

 7月31日の説教で3章20節~30節について取り上げました。21節に「身内」が登場するのですが、「ベルゼブル論争」の中にこの人たちは登場しません。再び登場するのは31節以降になります。つまり、21節と31節から35節は、22節から30節を挟みこむような形になっています。これはマルコによる福音書の記者の独特の校正方法でサンドイッチ方式などと呼ばれています。「イエスの身内」、「イエスの家族」というのは、マルコによる福音書の記者にとっては、イエスが亡くなった後の弟子たち、イエスが亡くなった後の教会に集う者たちのことなのです。ここには、ユダヤ教の指導者たちの無理解と共に、イエスの弟子集団もまたイエスを理解するものではなかった、という批判がこめられているのです。
 イエスは父親が亡くなった後、一家の大黒柱として母親、6人の兄弟姉妹と共に過ごしていました。しかし、彼は洗礼者ヨハネから洗礼を受け、その後独自の宣教活動を行うようになります。彼は「~をすれば救われる」という人間中心の考え方に終止符を打ち、神様の恵みによってあなた方は救われるのだ、と語りながら宣教を行ったのです。しかし、当時のユダヤ教の指導者たちには受け入れらなかったのです。また、祈りを捧げる姿、病を治すイエスの姿を見て、多くの人々が「あいつは気が変になっている」と言い出すようになっていったのです。家族がイエスのもとにやってきたのは、彼がこれ以上批判にさらされることを回避するためだったのです。しかし、イエスは家族に対して「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ」と語ったのです。この聖書の箇所は、最もイエスを知っていると言いながらも、イエスを理解することができない者たちがいるのではないか、と語ろうとしているのです。同時にイエスの弟子を批判しながらも、名もなき多くの群衆たちの中に、イエスを理解している人々がいたということを伝えようとしたのです。「(イエスの)周りに座っている人々」(34)のことです。
 時々思い出す言葉があります。「イエスをよく理解したと思っている連中がイエスを殺した。かつては肉体的に、今は精神的に」(『イエスという男』田川建三著p.67)。わたしはイエスの十字架から2000後に生きていますので、直接イエスの十字架刑に関わってはいません。しかし、自分自身が理解することができる小さな枠組みにイエスをはめ込もうしてきたことが何度もあったように思います。
 「神の御心を行う」ことを願う者は、神の御心を探らなければなりません。すぐに理解できるようなものでも、簡単に実行できるようなものでもありません。日々の歩みの中で、イエス自身に、イエスの言葉に真摯に謙虚に向かい合いながら神の御心を求め続ける求道者でありたいと思うのです。
(本日説教要旨/大塚記)

「心に平和の碑を宿して」(8/7)

「ああ、物分かりの悪いガラテヤの人たち、だれがあなたがたを惑わしたのか。目の前に、イエス・キリストが十字架につけられた姿ではっきり示されたではないか」
(ガラテヤ3章1節)

 平和聖日を迎え、以前訪ねたドレスデンの聖母教会のことを思い出しました。1945年2月23日連合軍の空襲によって町も聖母教会も破壊されました。長年瓦礫となって放置されていた教会は東西ドイツが統一された後、2005年10月に再建されました。真っ白な美しい教会です。しかし近づいてみると、黒色の外壁が埋め込まれているのに気付かされました。空爆によって崩れ去った壁を計測し元の場所に戻すことによって、教会は再建されていったのです。過去の痛み、また罪を洗い流すことによってではなく、それを内側に抱えながら歩み始めようとしたのです。
 パウロはガラテヤ地方を訪問し教会を設立するのですが、彼がこの地を去ると、イエス・キリストの福音から離れていく人々が現れるようになりました。パウロはこの手紙でもう一度、自分自身が伝えた福音を思い起こさせようとしているのです。3章1節の後半部を岩波訳は以下のように訳しています。「十字架に付けられてしまったままのイエス・キリストが公に描きだされたのに」。新約聖書学者の青野太潮先生は、この部分を以下のように解説しています。「ギリシャ語における現在完了形は、過去においてその動作が完了した状態が、現在に於いても非常に強く影響を及ぼしている、つまりその状態は継続している、という意味をもっています」(「『十字架の神学』をめぐって」p.40)と。先生は御自身の著書では文語訳聖書を引用しています。「ガラテヤ人よ、十字架につけられ給ひしままなるイエスキリスト」と。パウロははダマスコ途上において、イエス・キリストに赦され回心を経験しています。しかし、過去の罪を全て忘却の彼方に手放して宣教しようとは考えていなかったのです。自身の過去の罪責に向かい合いながら今を生きようとしていたのです。それゆえに、彼にとってイエスの十字架は継続したままだったのです。過去の自身の歩みを想起し自分自身の内側に自ら十字架という碑を心に宿しながら歩もうとしたのではないでしょうか。
 ドイツの大統領であったヴァイツゼッカーが1985年5月8日「荒れ野の40年」と題されたこの演説で語った言葉があります。「問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません(中略)非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです(中略)われわれ自身の内面に、智と情の記念碑が必要であります」と。わたしたちは、今どのような道を歩もうとしているでしょうか。過去に犯した罪を歴史から切り取り、捨て去ろうという動きが強まっているのではないしょうか。パウロは十字架につけられられたままの痛み続けるイエスを内側に宿して歩みました。わたしたちも過去を切り取り捨て去ってしまうのではなく、心の内側に碑として宿すことによって、平和を実現する力を与えられていきたいと思うのです。 (本日説教要旨/大塚記)

「すべてを赦す神」(7/31)

「はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。」

(マルコによる福音書3章28節)

 イエスはガリラヤ湖で群衆に言葉を語り、12人の弟子を選んだ後、ある家にはいられました。その場所にも大勢の群衆が集まってきていました。その群衆に混じって、イエスの身内もやってきたと記されています。イエスを取り押さえるためでした。「あの男は気が変になっている」という噂が身内にも届くようになっていたからです。イエスを助け出したい、あるいは「自分の正義感を貫くことが私たち家族にどれだけの負担を強いているのか、もう一度考えてほしい」という思いも抱いていたのかもしれません。
 そこに、エルサレムから律法学者たちもやってきました。彼らは「ベルゼブルに取りつかれている」、「悪霊の力で悪霊を追い出している」とイエスにレッテルを貼ります。イエスはこれらの言葉を聞いて、たとえを用いて彼らに反論していきます。国だろうと、家だろうと、サタンだろうと内部で分裂するものは、すべて滅びてしまう、と。イエスは、悪の力が、わたしをねじ伏せて、亡き者にしようとしている。その力とわたしが手を組むようなことはあり得ない、と言うのです。イエスが実現しようとした世界は「人が人を抑圧しない世界」でした。人と人が共に生きる世界です。しかし、善人、悪人という二極化した社会となっている、分断された社会となっている。そこには差別、抑圧が横たわっている。その差別、抑圧からすべての人が解放されるために、わたしは日々生まれる悪と闘わなければならないのだ、と語っているのです。
 そして、イエスは以下の言葉を語ります。「はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される」と。この宣言は、これまでのユダヤ教が抱えてきた価値観との決別宣言でもありました。同時に、ここに集まってきた群衆への赦しの宣言でもありました。この時代、何らかの宗教的儀式によって罪は赦される。汚れが清められると考えられていました。けれども、イエスはそのような手続きを踏むことなく、あなたがたは赦されると宣言してしたのです。この家に集まった群衆の中には、宗教的儀式が執り行われる場所までたどりつくことができなった人々も大勢いたのではないでしょうか。イエスはその人たちに向かって赦しを宣言したのです。新しく歩む出すことことを促したのです。
 わたしたちも、過去の自分を思い起こしながら、その罪に押しつぶされそうになったり、苦しんだりもがいたりすることがあります。そのようなわたしたちの元にもイエスは寄り添い、「人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される」と宣言してくださるのです。赦され新しくされた者として歩んでいきたいと思うのです。
(本日説教要旨/大塚記)

「潔白を訴える歩み、助けを願う歩み」(7/24)

「聖歌隊と共にわたしは主をたたえます。」

(詩編26編12節)

 詩編26編は通例「嘆きの歌」という類型の中の「無実の人の祈り」というグループに数えられます。古代イスラエルには罪に問われた人が神殿に勾留され、翌朝に裁判を受ける制度がありました。作者は、偽りの証言によって、牢につながれたのだと思われます。そこで神による「裁き」を訴え(1節)、自らの潔白を主張します。
 その訴えを象徴するのが1節「わたしは完全な道を歩いてきました」です。「完全」は、この文脈では、非の打ちどころなく律法を遵守したことを表します。「歩く」の原語(ハーラク)はヘブライ語の完了形で、実にどっしりと自信に満ちた宣言をしています。その自負心は、2節以下にも動詞の命令形を三つ重ねてつなげられてまいります。「調べる」は金や銀を鉱石から抽出する際に用いる単語です(ヨブ記23:10)。「試す」は神がアブラハムに試練を与えた際に使われた言葉です(創世記22:1)。2行目の「試みる」も「精錬」を指し(詩編12:7)、そこから「純粋」という意味を派生します(箴言30:5)。自らの行動への自信を示し、自身の義を神に認めさせようとします。他者の忠告や助言など入り込む余地のないとも思える断言調の言葉が続きます。
 少し抽象的で比喩的な表現を連ねた後、4-5節では具体的な話題に移ります。「偽る者」や「欺く者」の集会に距離を置くとする発言は、かけられた嫌疑への反論と解せます。作者は5節で語る敵対者の「集い」(カーハール)への憎しみを、8節の主の神殿を「愛する(慕う)」思いと対置させ、その間に綴る祭儀の情景(6-7節)を際立たせます――私はこんなにも礼拝の場を愛しているだ、と。この思いがつのったということか、作者は9-10節では、対立する人への攻撃的な言葉を繰り返します。
 しかしこの論調は最後の2節で突然反転します。作者は11節でもう一度「完全な道を歩む」と述べています。「歩む」は1節と同じ単語(ハーラク)ですが、ここは未完了形です。完了形と未完了形の差異は議論のあるところですが、他者に閉じられた頑強な意志(完了形)と、他者に開かれた精神(未完了形)といった対照が指摘されています。その後、作者は主に「憐れみ」と「贖い」を嘆願の命令形で呼びかけます。それらは、2節の命令形とは異なり、神の関与による義を願う言葉でした。12節2行目の「聖歌隊」(カーハール)は5節で敵対者が所属する「集い」について使用した同じ語です(協会共同訳:集会の中で、私は主をたたえよう)。詩編26編は、敵や現状への怒りの中で自力で義を打ち立てるしかないと考えた人が、集会における他者との交わりの中で、神による解放への過程を伝えています。 (本日説教要旨/飯記)

「イエスの選んだ十二人」(7/17)

「そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた」

(マルコによる福音書314節)

 イエスは「ガリラヤから集まって来た人々」、そして「ユダヤ、エルサレム、イドマヤ、ヨルダン川の向こう側、ティルスやシドンの辺りから集まってきた人々」に湖上の小舟から言葉を語ろうとしていました。前者はイエスの働きを直接知った者たち、後者は間接的にイエスについて聞いた者たちでした。「ヨルダン川の向こう側、ティルスやシドン」は非ユダヤ人の地域でもありました。異なる背景を持つ者たちがイエスの共同体を構成しつつあったとマルコは証言しているのです。
 イエスはその後、湖上から、山に登り、使徒と呼ばれるようになる12人を選び出したことが記されています。彼が選んだ弟子たちは意外な人たちでした。彼らはこれから行う宣教の働きを担うには全くの素人だったのです。人間として完全な者が宣教を担うのではないのです。イエスは、弱さを抱えた、不完全な者たちをあえて選ばれているのです。
 イエスが弟子たちを任命した3つの目的が記されています。1番目は「彼らを自分のそばに置くため」でした。イエスは、12人たちに対して共に居ることによって、聴くこと、見ることを求めているのです。2番目は、「派遣して宣教させること」でした。イエスから聞いた言葉を同じように語ることを求めたのです。3番目は、「悪霊を追い出す権能をもたせるため」でした。この福音書を読み進めていくと、613節に「(十二人は)多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人を癒した」とあります。「油を塗る」という具体的な行為が記されています。病人のそばに行かなければ油を塗ることはできません。つまり、イエスが弟子たちに求めたことは、小さく弱くされてしまっている人々、病者に寄り添うことだったのです。聴いたこと見たことを語り、そして病者に寄り添うことを行うためには特別な資格など必要ありません。つまり、イエスが選んだ十二人というのは、何ら特別な人間ではなく、どこにでもいる普通の人間だったのです。
 マルコによる福音書を読み進めていくと、「弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」(1450)と記されています。この後の弟子たちに関して重要な証言をしているのが、パウロです。「キリストが、聖書に書いてある通りわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり、三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです」(Iコリ1535)と。自分を完全な者とする人間は、イエスが現れたことに気づくことはできません。12人の弟子たちは、再度、自分自身を不完全な者として、認めたのではないでしょうか。自分たちを許してもらわずには生きることができない存在と自覚したのではないでしょうか。その時に彼らは、再びイエスの愛と恵みを受け新しく生きる者となっていったのです。
(本日説教要旨/大塚記)

「安息日は、人のために」(7/10)

「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」

(マルコによる福音書2章27節)

 「安息日」は、モーセの十戒、第4戒に記されているユダヤ人が一切の労働を禁止された日です。この日に、イエスと弟子たちは、何気ない会話を交わしながら、麦畑の中を歩いていました。時折、麦の穂を摘んで口の中にいれていたようです。日常の風景です。しかし、ファリサイ派はこの行為を問題にしたのです。彼らはイエスに問うたのです。「ご覧なさい。なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか」と。彼らは「あなたは六日の間働き、七日目には仕事をやめねばならない。耕作の時にも、収穫の時にも、仕事をやめねばならない」(出3421)を拡大解釈して、イエスを糾弾しようとしたのです。麦の穂を摘んで口に放り込むことが労働とされ、《安息日にしてはならないこと》と指摘されてしまったのです。
 イエスは「ダビデ王が、自分自身とその従者たちが飢えていた時、神殿に備えられていたパンを食べたではないか」(サム上2116)、さらに「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」と反論します。「安息日」は人の生を守るためにあるものなのだ、とイエスは考えています。しかし、その人間の命を守る掟によって、人間ががんじがらめにされている。律法は人間の生、現実に服従していなければならない。しかし、人間の生、現実が律法に服従している。それはおかしいではないか、とイエスは言うのです。イエスは、人間の生の豊かさというのは、何気ない日常にあると考えています。イエスは、この豊かな人間の姿を前に、律法、安息日こそが重要などと言うのは、人間の本当の豊かさをまじめに考えたことがない者の発想なのでは、と考えているのです。イエスは、遠くの聖を見つめると同時に、自分たちの生きているすぐ近くの現実世界を見みつめること、そこに生きる人間の感情、いのちに寄り添うことを求めるのです。
 イエスが生きていた時代、人間の何気ない日常、複雑な人間の在り方を、これまでの決まりや慣習によって裁くようなことが起こっていたのです。イエスは、そのようなユダヤ教の在り方に対して「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」と言うのです。そして、わたしたちが服従しなければならないのは律法ではなく、わたしたちの命を養い育む福音なのだ、とイエスは語っているのではないでしょうか。もう一度、立ち止まってイエスが宣言した福音の中に生かされている喜びを噛みしめたいと思うのです。(本日説教要旨/大塚記)

「イエスがいる今」(7/3)

「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか。花婿が一緒にいるかぎり、断食はできない」
(マルコによる福音書219節)

 与えられたテキストは、「断食論争」と「新しい布、新しいぶどう酒」の比喩から構成されています。マルコは、もともと独立していた二つの伝承を結びつけ、前者を後者で説明しようとしたのだと思われます。
 当時、断食は、罪の告白のため、災害、災難からの解放のため、喪に服するため、悔い改めを示すために行われたようです。また、断食は祈りの効果を高めるとも考えられていたようです。ここに登場する人々は、「ヨハネの弟子たちとファリサイ派の人々は、断食していた」にも関わらず、イエスの弟子たちが断食をしないことに違和感を抱きながらイエスのもとにやってきたのです。イエスは、彼らに対して「婚姻」の例えを用いて、今という時について説明します。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか」(19)と。花婿とは自分のことであり、「今は喜びの時である。そのような喜びの時に為さなければならないことは断食の他にあるのではないか。喜びの時に喜ぶのが人間の本来の姿なのではないか」とイエスは語るのです。イエスはさらに「しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その日には、彼らは断食する」(20)はとも語っています。「その日」とは十字架の日です。確かにこの日こそは、断食すべき日となる、とイエスは語ります。イエスと同時代に生きる人々にとって、断食すべき日というのは未来のこと、マルコ福音書の読者たちにとっては過去の出来事ということになります。
 イエスさはさらに「織りたての布切れ」そして「新しいぶどう酒」のたとえを語ります。イエスは、自分自身を「織りたての布」、「新しいぶどう酒」なのだ、と語るのです。わたしを古い価値観の枠組みの中に入れようとしても、それは無理だ、と言うのです。喜ぶ時に喜ぶ、怒る時に怒る、悲しい時に悲しむ、楽しい時に楽しむという、自然に備わっている感情が宗教によって押しつぶされてしまっている。イエスはここを問題にしたのではないでしょうか。
 「花婿が奪い取られる時が来る。その日には、断食することになる」は、わたしたちにとっては過去の出来事です。わたしたちは、この日を乗り越えて、今復活のイエスと共に新しい時を過ごしているのです。すべての罪、すべての重荷から解放された喜びの時です。しかし、わたしたちが生きている世界を見回すとき、多くの人々がこの喜びの時を奪われた状態にあるのが現実です。わたしたちは、この喜びの時を奪われることのないように、取り戻すためにしっかりと生きたいと思うのです。
(本日説教要旨/大塚記)

「共にいる神、そして隣人となること」(6/26)

「神の霊がサウルを襲うたびに、ダビデが傍らで竪琴を奏でると、サウルは心が安まって気分が良くなり、悪霊は彼を離れた。」
(サムエル記上1623節)

 王制導入以前の古代イスラエルの最後のリーダーであったサムエルによって油を注がれ、最初の王とされたベンヤミン族出身のサウル。「神が共にいる」(サム上10:7)ことによって、周辺民族との戦いにおいても勝利をおさめるサウルですが、主の言葉を退けたことでサムエルから失脚を言い渡され、続く物語は、次に油を注がれたダビデの台頭を語ります。本日の聖書箇所は、ダビデが初めてサウルに会い、その竪琴の音色で悪霊にさいなまれるサウルの心がひととき慰められる場面です。
 この場面の後には、ペリシテ人ゴリアトを倒して人々からの喝采を浴びるダビデにサウルが敵意を抱き、頭角を現していくダビデに何度も殺意を抱くサウルの姿が記されていきます。そのようなストーリーの中で、本日の箇所は、ダビデの竪琴が束の間、サウルの心を慰めることができた愛おしい時間を描いた場面にも思えます。しかし同時に、そのストーリーが「ダビデ物語」としてのストーリーであること、そしてもはやその背後の痕跡としてしか認めることのできないサウル伝承に思いを馳せる時、サウルを苦しめた「悪霊」とは何だったのだろうかとの思いにも駆られるのです。
 サウルの衰退とダビデの台頭をドラマチックに描くストーリーにおいて、主がサウルを離れ、ダビデと共におられることが繰り返し語られます。しかしそのような描写を見る時に、「主が共にいる」ことの意味を問わずにはいられないような気持ちになるのです。
 古代イスラエルの神の名。出エジプト記3章14節で神はその名を告げられます。「エヒイェ・アシェル・エヒイェ」。有賀鐵太郎氏は、ヘブライ語の動詞の動的な性質を指摘しつつ、この「エヒイェ」が単なる「存在」やギリシア的な「有」ではなく、「成る」「生起する」といった意味を含んでいることを指摘されました。そして「わたしはある」よりもむしろ「わたしはいる」と解するべきではないかとも。確かに神はその直前でもモーセに対して「わたしはあなたと共にいる」と語られています(出3:12)。概念的に「有る」神ではなく、私たち(他者)との人格的関係に自らを開き投じられる神の姿は、隣人とは誰で「ある」のかを問うた律法学者に対し、目の前の他者を介抱し、隣人と「なった」サマリア人の姿とも呼応しているように思われます。どのような時も「あなたと共にいる」と言われる神に、自身も他者と共に生きる空間に自らを投じていく姿をもって応答する私たちでありたいと願います。
(本日説教要旨/大澤記)

「友を思う」(6/12)

「イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、『子よ、あなたの罪は赦される』と言われた」
(マルコによる福音書2章5節)

 イエスの時代、理由のはっきりしない、慢性病に苦しむ者がいると、罪を犯した因果で病気になったのだという者たちがいました。「中風の患者」も根拠のない迷信によって苦しめられていたのです。物語に登場する四人は、中風の患者の友人たちだったのではないかと思われます。苦しむ友人が病から解放されることを切に望みながら、イエスがいる家までやってきたのです。彼らは大勢の群衆で近づくことができなかったために、屋根に上り、そこから中風の患者をつりおろしたのです。聖書には「その人たちの信仰を見て」という言葉が記されているとおり、イエスは彼らの内側を見ているのです。まっすぐに自分に向かってくる「誠実さ」そして「自分への信頼」を感じ取り、患者に「子よ、あなたの罪は赦される」と宣言したのです。この言葉は、当時の社会への挑戦的な言葉でした。律法学者たちは、すぐに「この人は、なぜこういうことを口にするのか。神を冒涜している。神おひとりのほかに、いったいだれが、罪をゆるすことが出来るだろうか」と反応します。イエスが自分を「神」としていると受け取ったのです。
 イエスは彼らの考えを見抜き「中風の人に、『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いであるけ』というのと、どちらが易しいか。人の子が地上で罪を赦す権威をもっていることを知らせよう」と語ります。「人の子」とは、メシア論的称号でありました。同時に、ただ単に「人間」というだけの意味にも用いられてきました。マルコは、当然のことながら、イエスが、特別な権威をもっていたこと、神の子として歩んだことを証明しようとしています。同時に、まことの人の歩みを描こうとしているのです。本来、人というのは人をゆるすことができるのだ、和解を告げ知らせる働きをになっているのだ、と。
 マルコによる福音書のイエスは、「人に与えられている働きは、人を裁いて罪人を生み出すことではなく、罪に苦しむ人間に神様の赦しを語ること」と言うのです。神様は、赦しと和解を語り、共に生きるために人間を創造したのです。現代に生きているわたしたちは、神様が創造の時に与えてくださった働きを放棄してしまっているのではないでしょうか。失われつつある、忘れ去られつつありながらも、神様に与えられている働きを取り戻す努力をしながら生きることが、今を生きるわたしたちにも求められているのではないでしょうか。
(本日説教要旨/大塚記)

「聖霊に後押しされて」(6/5)

「一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」    
(使徒言行録2章4節)

 使徒言行録1章14節には、イエスが昇天した後の弟子達の様子が描かれています。「彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた」と。彼らは40日間、復活したイエスから自分たちが、これから何をすべきか、ということについて聞いていました。彼らは宣教のための準備をしていたのです。復活のイエスに出会う前の弟子たちは、この世における富や出世欲から解放されていない者たちでした。しかし、彼らは、復活のイエスに出会い、この世の価値観を重要視する生き方から、神様が望んでいることを想像しながら生きる者へと変えられていったのです。ここで祈られていた祈りというのは、自分を打ち砕く祈り、自分を空にする祈りだったのではないでしょうか。
 彼らは祈りながら五旬祭の日を迎えます。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい」(1・4)とのイエスの言葉に従い、「父の約束されたものである聖霊」がくだるのを待っていたのです。空にした自分の内側に聖霊が宿ることを待っていたのです。この時に、彼らは激しい風が吹いてくるような音を聞き、「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまる」という経験をし、聖霊に満たされていったのです。聖霊に満たされた弟子たちは、他の国々の言葉で話し出すようになります。彼らはこの家の扉を開けて、語り出したのです。聖霊に後押しされて語らずにはいられなくなったのです。2章6節には、弟子たちが様々な言語で話しだしたと記されています。重要なことは、イエス・キリストの福音がユダヤ人が用いていた言語ではない言葉で語られていったということです。これが聖霊降臨の出来事なのです。イエスの弟子たちが、自分自身を打ち砕き、聖霊の働きを求め祈らなければ、この出来事は起こりませんでした。宣教へと押し出されることもありませんでした。
 わたしたちは、今日ペンテコステ(聖霊降臨日)の時を過ごしています。これまでは復活節という時を過ごしてきましたが、本日より聖霊降臨節という暦に移っています。祈りながら、聖霊を与えられたイエスの弟子たちの働きを覚える時です。わたしたちもまた、心を静めて祈りによって与えられる聖霊に後押しされながら、イエス・キリストの福音を宣べ伝えるために与えられている場所へと向かっていきたいと思うのです。
(本日説教要旨/大塚記)

「苦しむ者のもとへ」(5/29)

「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである」
(マルコによる福音書1章38節) 

 イエスは洗礼者ヨハネから洗礼を受け、しばらく彼と共に活動を行っていたと考えられます。しかし、イエスは彼と別れ独自の活動を行うようになります。上村静氏はヨハネの洗礼について以下のように記しています。「ヨハネの洗礼は、自分はもう罪を犯さないで生きるぞと思える人にとっては自己満足できる儀礼であるが、職業や身体上の理由で『罪人』のレッテルを貼られている人にとっては、さらなる負い目を与えるものでしかない。『正義』を振りかざす時、人は非正義を実践しているのである」『旧約聖書と新約聖書』(p.206)と。洗礼を受け「義人」となったものが「罪人」を裁くようなことがあったのです。イエスは、ヨハネの洗礼によって手軽に「義人」、「罪人」が生み出されていく様子を見るようになりました。さらに、ヨルダン川まで来ることが出来ない人々のことを考えるようになっていったのです。そして、イエスは彼らのために宣教することを決断したのです。
 29節には「シモンとアンデレの家に行った」と記されています。マルコによる福音書では「家」(oikosoikia12921514321320717249331414)は繰り返し用いられる言葉です。徴税人の家に入るイエスの姿(215)、重い皮膚病の人の家に入るイエスの姿(143)が描かれています。他にイエスが拠点としていた「家」がありました。徴税人、病人は、この時代「罪人」というレッテルを貼られて苦しんでいた人たちです。これらの人々は、洗礼者ヨハネのもとには向かうことはできませんでした。イエスはその人々の「家に入った」のです。
 イエスは、シモンのしゅうとめの熱を癒やした後、祈っていました。彼は近づいてきた弟子たちに「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである」(38)と語っています。イエスは、孤独や絶望を抱えながら生きざるを得ない人々のもとに向かうことが自分の使命なのだ、と言うのです。40節以下に登場する「重い皮膚病を患っている人」とは、人々が住む場所から追い出され、隔離され、孤独と絶望の中を歩まざるを得なかった人です。イエスは誰も行こうとしなかった場所に、神様の言葉をつたえるために、向かって行ったのです。
 ヨハネによる福音書2019節以下には、十字架の後、ユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけて過ごしていた弟子たちの姿が描かれています。イエスはその家の中に入って「あなたがたに平和があるように」と語りかけられました。彼らも孤独、絶望、後悔の中に立っていました。そのイエスは、わたしたちのもとに来てくださっています。わたしたちも、この声に励まされながら歩んでいきたいと思うのです。また、イエスの平安と慰めを語るものでありたいと思うのです。
(本日説教要旨/大塚記)

「悲しみが喜びに変わる」(5/22)

はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。
(ヨハネによる福音書16章20節)

 今朝のテキストは、イエスの訣別説教(14:1‐16:33)の一部分です。13章では、イエスが突然に弟子達の足を洗い、その後ユダの裏切り、ペトロの離反の予告と続き、心を騒がせる状況でした。
 16節にイエスは「しばらくすると、あなたがたはもう見なくなる」と言われ、更に「またしばらくするとわたしを見る」と言われました。この言葉に弟子達は戸惑いました。この言葉は弟子達の自問として、またイエスの応答の言葉として繰り返されており、弟子達は互いに論じ合ったのです。この最初と次の「しばらくすると」の言葉には、「イエス不在の時間」があります。私共は聖書を読み、そのイエス不在の時間の前後は、イエスの十字架と死の出来事と判り、後はイエスの復活と判ります。
 イエスは弟子達の心の内を見抜き、「はっきり言っておく」と言われました。これはイエスが極めて大切なことを語る時の言葉で、「アーメン、アーメンわたしはあなたがたに宣言する」との言葉です。そして「あなたがたは悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ」と言われました。その間のイエス不在の時間についての説明ですが、弟子達にはまだ判らないのです。ヨハネによる福音書には全般にわたり光と闇の対峙した世界として描いていますが、この構図で語った言葉です。
 そして妊婦の例え話を語ります。妊婦の苦しみから喜びへと言うことと、弟子達の悲しみから喜びへとの言い方には、少しニュアンスが違うようですが、ここではリュペーとの同じ語が用いられ、「悲しみ・苦しみ・痛み」同じ意味で言われています。妊婦の身体の痛みが喜びに、弟子達の心の痛みが喜びになると思います。弟子達にも納得した例えでしたが、弟子達にお前達は未だ判らないのかと叱責するのではなく、あるがままの弟子達を受け止めておられます。
 「その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない」と明言され、復活、聖霊降臨、さらには終末を示しておられます。イエスの言葉が語られ、聞かれ、信じられる「イエスの臨在」、つまりイエスが共にいてくださる事実こそ、私たちの喜びです。でも現実の世界は病んでいます。イエスが共にいてくださる事実に働かれる神の受容のエネルギーを信じて祈りつつ歩みたいと思います。 (本日説教要旨/阿部記)

「新しい教え」(5/15)

「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ」
(マルコによる福音書1章27節)

 マルコは、カファルナウムの会堂で教えるイエスの教えに人々は非常に驚いたと報告しています。「律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである」(1・22)と。「律法学者」は律法の教師として地方を巡回し会堂で人々にどのようにすれば救いに与ることが出来るのか、ということを教える者たちでした。彼らは有名な律法の教師たちの名前を一人一人あげ、自分の言葉の正当性を確保し、言葉を語っていたようです。しかし、イエスはこの方法をとりませんでした。イエスは人の言葉ではなく「今、この時、この現実の中で神様は自分自身に対して何を語るようにと命じているのか」を常に汲み取りながら語る者であったのです。 「汚れた霊に取りつかれた男」とは、何らかの病を抱えた人だったのではないかと思われます。古代社会においては、病気や心身の不自由な人は、その人がなんらかの「罪」を犯したために汚れてしまったと考えられていたようです。「汚れ」は伝染するとも考えられていました。しかし、イエスはこの人のもとに向かって行ったのです。律法は、本来人のいのちをまもるものだったのですが、人を抑圧する暴力的装置として働くようになっていたのです。イエスは、この暴力的装置から人々を解放しなければならないと考えたのです。 イエスは律法遵守による救いの完成を語りませんでした。「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」(マタイ5・45)と宣言したのです。有限で小さな人間がいくら努力をしたところで、救いにあずかることなどできないのだ、とはっきり語っているのです。人間が唯一救いに至ることができるのは、圧倒的な神様の恵みによるものなのだ、とイエスは語っているのです。創世記の1章31節には「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった」とあります。しかし、人間はその神様の思いとは反対に、良いものと悪いものを生み出すようになっていったのです。イエスはこの創世記に記されている神様の思いを取り戻そうしたのではないでしょうか。 わたしたちが生きている世界が揺れ動いています。戦争によって、これまでの価値観が崩壊していくことも感じています。変わっていかなければならないこともあります。しかし、変わってはならない部分もあります。わたしたちも人の声ではなく、神様の声、思いに聞きながら与えられる役割を果たしていきたいと思うのです。(本日説教要旨/大塚記)

「福音に生きる」(5/8)

「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」
(マルコによる福音書1章14節)

 マルコによる福音書は「イエスはガリラヤへ行き」(14)という言葉によってイエスの宣教開始を伝えます。ガリラヤは紀元前8世紀にアッシリアの支配下に入り、それ以降も、様々な外国の支配下におかれたことによって、純粋なイスラエル民族ではない、などと言われ差別の対象にもなっていました。イエスは忘れ去られ、差別され続けてきた人々の生命に目を向けながら、ガリラヤに向かって行ったのです。
 15節にはイエスのガリラヤでの第一声が記されています。「時は満ち、神の国は近づいた」と。この言葉は「神の国はもうここに来ている」という意味にも理解することができます(ルカ17・21参照)。さらに、イエスは「悔い改めて福音を信じなさい」(15)と語ります。ここで使われている「悔い改め」とは、単なる過去の過ちを懺悔することではなく、これまでの歩みとはまったく違う方向転換の促しであります。「福音」(エヴェンゲリオン・よき知らせ)とは、罪からの解放です。それまで、罪から解放されるのは、律法を忠実に守ることによって、と信じられていました。しかし、イエスは律法を守るという人間の業と決別することを求めたのです。
 16節以下には、弟子の召命物語が記されています。「わたしについてきなさい。あなたがたを人間をとる漁師にしよう」(17)というイエスの呼びかけに応じて、「すぐに網を捨てて従った」弟子たち、また「父、雇い人たちを舟に残して」イエスに従う弟子たちの姿が描かれています。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」という呼びかけに応える弟子達の姿がそこにはあります。彼らは、イエスに従うことによって「イエス(=福音)」という方の中に自分自身が組み込まれていくことを感じたのではないでしょうか。
 しかし、聖書は正直な書物です。福音の中で生きようとする者たちの劇的な場面を描きつつも、人間の現実をえぐり出します。わたしたち人間は、福音の中に身を置いていることを、忘れてしまうことがあると言うのです。イエスが隣にいる、イエスに包み込まれているにも関わらず、その存在を忘れてしまうことがある、と(マルコ4・35以下)。この「突風の物語」は、時の経過によって、福音の中に生きていることを忘れてしまうことがあること、そのことによって「揺らぎ」が生じてしまうことがあることを伝えています。しかし、イエスはそのようなわたしたちに「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」と繰り返し語ってくださるのです。福音の中にいることを想い起こさせる言葉です。わたしたちは、揺れ動く日常の中で語られているこの言葉に励まされながら歩んでいきたいと思うのです。
        (本日説教要旨/大塚記)

「イエスは今もわたしたちと共に」(4/17)

「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」
(ルカによる福音書24章5節)

 福音書によれば、イエスが十字架につけられたのは午前9時、十字架上で亡くなったのは午後3時でした。逮捕から死刑まで半日の出来でした。あっという間にイエスは、この地上から消されていったのです。
安息日の翌日、週の初めの日に女性の弟子たちは、イエスの遺体が安置されていた墓に出かけます。彼女たちは、そこで大きな衝撃を受けることになります。納められていたイエスの遺体がないことを確認したのです。さらに彼女たちの前に、二人の人が現れます。そして「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか(中略)まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい」(5、6)と言ったのです。批評家若松英輔の言葉が思い出されます。「君の大切な人も、ぼくの、またほかの人々の大切な人たちもいつかは亡くなる。逝った人々の姿はもう見ることはできない。でも、見えないということと、存在しないこととは違う。見えなくたって、ふれることができなくたって、存在しているものはある」と。聖書に登場する女性たちにとってイエスは、死人であり、見えない人になっていました。死人、見えない人というのは、「過去の人」でした。けれども、この二人の天使は女性たちに決定的に重要なことを告げているのです。あの人はまだ過去になっていない、と。イエスを十字架につけた人々は、イエスを亡き者、見えない者にしたことによって、イエスの全てを奪ったと考えました。しかし、イエスの命を奪い去ることはできかなったのです。イエスは生きているのだから、死者の中にいるはずがない。イエスは「現在の人」であることをこの二人の天使は、伝えているのです。そしてイエスが話したことを思い出すようにと、語るのです。女性たちは、この天使が命じられた通り、イエスの歩み、イエスの言葉を思いす作業を通して、イエスが復活したことを確信していったのです。
神学者カールバルトは「復活日の秘密は、この世に一回限り語りかけられた希望というのではなく、むしろこの世に植え込まれた希望である」と語っています。植え込まれた希望ですから、2000年間、途切れることなく継続している希望なのです。わたしたちは、このイースターの時、植え込まれている希望を確認しなければならないのです。「イエスは復活して今も生きている」。この希望に支えられながら歩んでいきたい。また、この福音の出来事を喜びながら語る者でありたいと思うのです。
  (本日説教要旨/大塚記)

「御心のままに」(4/10)

「この杯をわたしから取りのけてください。
しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」
(マルコによる福音書14章32節)

受難節第6主日・棕梠の主日 に「ゲッセマネの祈り」がテキストに与えられました。ゲッセマネに来ると「イエスはひどく恐れてもだえ始め」(33)ます。「もだえた」という言葉には「困惑する」という意味があります。神様の福音のために活動してきたにも関わらず、自分は今死を覚悟しなければならないところまで、追い詰められている。「なぜ」と問うことによってイエスは困惑したのです。イエスは弟子たちに「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい」(34)と言います。イエスは弟子たちに「共に祈ってほしい」と願いながら自分自身も祈りを捧げます。「アッバ、父よ、あなたは何でもお出来になります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」(36)と。今苦しむこのわたしの現実を取り除いてほしい、と願っているのです。同時にイエスは「わたしが願うことではなく」という言葉を加えています。前の言葉「苦難の杯」を後の言葉「神の御心」で打ち消そうとしているのではありません。どちらも、イエスの本当の思いであり、人間としての切なる思いなのです。前の言葉が、後の言葉の従属的な関係になっているのではなく、両軸になっているのです。人の現実、日常というものは簡単に、あれか、これか、とどちからには割り切れるものではないということを、このイエスの祈りは伝えているように思われます。イエスが、自身の活動の力を神様から得ていたということは確かです。同時にイエスは自分の目の前に広がっていた、苦悩する者の日常にも徹底して誠実に向き合っていました。苦悩する人間、悲しむ人間、圧倒的なこの世の力に震える人間の現実、それらの日常にも誠実に向き合っていたのです。イエスが「日常の外部」にのみ生きようとしていたならば、あれだけの活動を行うことはなかったし、あれだけの活動を行う必要性も感じなかったことと思われます。しかし、イエスは理不尽に日常がゆがめられ苦悩する人々の現実の変化をも求めながら歩んでいたのです。
 イエスは私たちにとってのキリスト・救い主であると同時に、わたしたち信仰者のひな形でもあります。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」。私たちの日常に、そして神の世界に目を向けながら、イエスの祈りを、わたし自身の祈りとしながら歩む者でありたいと思います。棕櫚の主日を迎え、受難週を過ごそうとしています。もう一度、イエスのこの地上への到来の意味、この地上における言葉、振る舞いを思い巡らせながらこの時を過ごしていきたいと思うのです。(大塚記)

「仕えるために」(4/3)

「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」
(マルコによる福音書1045節)

  マルコによる福音書は、パウロ書簡よりも後に記された文書です。パウロは「わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです」(コリI 2・2)と語る通り、死んで復活したイエス・キリストから与えられる救いを語ります。対して、マルコはパウロの福音を補完する形で、生前のイエスの言葉、振る舞いを記していきます。あの人はわたしたちと共に生きてくださった。しかし、わたしたちはあの人を見捨てしまった。もう一度、その「罪」を思い起こさなければならない。その自覚が福音書執筆の原動力になっていったのだと思われます。福音書執筆時、エルサレムの教会は非常に権威主義的傾向を持ち始めていました。マルコはそのような教会を見つめつつ、再度、イエスに真摯に向かい合おうではないか、と促しているように思われるのです。
 35節以下には、イエスの活動の初期段階に弟子となったゼベダイの子ヤコブとヨハネが登場します。重要な場面には必ずこの二人が登場しています。マルコは、この二人をイエスの最も近くにいながら、イエスを理解することが出来なかった者として描きます。二人は「栄光を受ける時に、兄弟である自分たち二人があなたの右に、もう一人を左に座らせてほしい」とイエスに願ったとあります。41節には、他の弟子たちが二人のことで腹を立てたとありますが、この怒りは自分たちを出し抜いて、右大臣に左大臣にしてほしい、などという話を進めているということに対してのものです。マルコは、イエスの弟子集団に、権威主義的思考が蔓延してしまっていたということを伝えているのです。イエスはそのような弟子たちを呼び寄せて語りはじめます。「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく、仕えるために」(44−45)と。
 イエスは、弟子たちに「すべての人の僕になりなさい」と語られました。そして「人の子は仕えられるためではなく仕えるために」とも語っています。わたしたちは、受難節のときを過ごしています。すべての人の僕となって歩んだイエスの姿、それゆえに十字架の道を歩むことになったイエスの姿を思い起こしながら過ごしたいと存じます。また、わたしたち自身もイエスの弟子として「他者に仕える」歩みを模索しながら歩んでいきたいと思うのです。
(大塚記)

「主を宣べ伝える」(3/27)

  「わたしたちは、このような宝を土の器に納めています」
(コリント第二4章7節)


「土の器」という言葉は、人間の本質を鋭くまた緩みをもって示すものとなっています。自分を「土の器」であると見立てることは、欠点を持ち、弱さを抱えた自分の人間性を示すと言われています。強そうに見えても壊れやすい、そのような人間の限界性や、人間の不完全さを示す言葉です。あるいは、もっと深く自己懺悔の心が混じるような言葉とも言えます。この「土の器」のイメージは、旧約時代に遡ると考えられています。創世神話のように人間の被造性を表している代表的な言葉であると言えます。
 フランス文学者であった森有正さんは、このパウロの「土の器」という言葉を大変好まれた一人です。『土の器の中に』という講演集があります。彼は「わたしはこの言葉が好きだ。この土の器をいうことを考えるとき私は心が清められる思いがします」、「すべて、この世に生きる人間は、自分に対する信頼をもって生きている。そこに生き甲斐というものを感じています。けれども、ここには、それとは全然違う一つの人生というものができている。人間が自分は神に造られた『土の器』であり、土から造られ、土に返るものであるとわかるとき、実にこの人生というものが、本当に意味で、透明になり、また単純になり、しかし、限りなく深くなる」と。この指摘の中には、人間の被造性、有限性、壊れやすさ、弱さ、そのことに気付いていくことの大切さ、あるいは、本当の意味で人生の深みに到達できる思いが込められているようです。
 パウロも同様に「土の器」との自己理解をもつことにより、生かされてある存在としての自分を深く見つめることができたのでしょう。憐れみにより生かされているとう自己理解故に、彼はどんな状況の中でも「行き詰まらない」「失望しない」「見捨てられず」「滅ぼされない」(8~9節)との確信をもって宣教的使命に邁進します。
 人は、自分の能力や業績や地位に自分の誇りを置く時、また、その力を失う時、動揺や不安を覚えるものです。しかし、神の憐れみによって生かされていることに気付く者は、自分の弱さや破れの故に、そこにこそ神の恵が溢れていくことを知らされていきます。
 パウロは「わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています。イエスの命がこの体に現われるために」(10節)と自身の「土の器」にイエスの生と死が宿ると語ります。イエスの生と死をこの身に受けるというのです。それこそが、かけがえのない宝であり、イエスと共に復活の命に与らせてくれるとの希望を語ります。そのイエスの命と希望を生涯をかけて共に宣べ伝えていきたいと思います。 (本日説教要旨/菅根記)
 

「『わたしの』メシア」(3/20)

「あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている」
(マルコ福音書8章33節)

 本日の聖書個所、マルコ福音書8章27節からで報告される物語は「ペトロの信仰告白」として有名な個所です。ペトロは「あなたは、メシアです(29節)」とイエスに答える場面です。マタイ福音書の並行記事では、ペトロの信仰をイエスは賞賛してペトロに「天の国の鍵」をお授けになります(マタイ16章19節)。しかし、この物語のベースであるマルコにおいてはイエスがペトロを賞賛する場面は描かれておりません。この後の記載はマタイの編集であることがわかります。マルコにおいてはイエスはただ「御自分のことをだれにも話さないように(30節)」と戒める描写が描かれます。ここの解釈は様々ですが、ある解釈によれば、イエスがお尋ねになったのは、御自分がだれであると弟子たちが考えているのかではなく、弟子たちが民衆にイエスが何であると話しているのかとお尋ねになり、それに対して「メシアである」と答えたのではと考えられております。そしてそのように言う弟子たちをイエスが戒められたのです。
 なぜイエスは弟子たちを戒められたのでしょうか。それは、後のイエスの「受難予告」の場面で示されていきます。イエスが殺される未来を予告した時、ペトロはイエスをいさめ、そしてイエスに厳しい言葉で叱られてしまいます。そして「あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている(33節)」と語られます。イエスが自分の死を予告した時、ペトロをはじめとした弟子たちはイエスが自分たちの前からいなくなってしまう、自分を導く存在がいなくなってしまうことに大きな不安を抱いたことでしょう。その不安から出たペトロのいさめる行動でしたが、「人間のことを思う」行動であるとイエスはいうのです。
 ペトロはイエスを「メシア」であると告白しました。しかし次の瞬間には「救い主」としてのイエスの道を否定するような行動に出てしまった。矛盾するように感じるものですが、そうではありません。ペトロの言った「メシア」とは当時のユダヤの人々が待ちわびていた「ユダヤの民を解放してくれる」「ローマの圧政から、日々の困窮から」解放してくれる「政治的指導者」とも言える存在でありました。ペトロを含め多くの人々はイエスを「自らが求める、理想とする存在」として、「自らの理想」を当てはめてイエスを理解しようとしていたのです。それが「人間のことを思う」ということであります。
 目先の利益や希望に心をとらわれ、真の希望が見えなくなってしまう。そんな人の弱さがここで示されているのです。これは現代を生きる私たちにも同様に言えることです。物事を自分の求めるように、自分本位に捉えようとしてしまう弱さがあります。そんな自分本位な在り方の危うさがこの物語から示されていきます。この受難節の時。自らの信仰を見つめ直し、悔い改めの思いをもって、真の希望に目を注いで行きたいと願います。

(説教要旨/髙塚記)

「捨てられた石」(3/13)

「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった」
(マルコ福音書12章10節)

 イエスが誕生した時のユダヤの王、ヘロデは紀元前23年頃からエルサレム王宮とエルサレム神殿の大規模な改築に着手します。この工事は紀元60年代まで約80年間かけて行われました。もちろん、彼の存命中には工事は完成しませんがとりあえず第1次工事が完了したのがイエスの誕生前後と言われています。1万人以上の労働者を用いて約20年かけて神殿を造り上げたと言われています。当時のエルサレムの人口が約4~6万と言われていますから、大変な工事であったことが分ります。
 特に、この神殿の素材となった石は見事なもので、「先生ご覧下さい。なんとすばらしい石。なんとすばらしい建物なのでしょう。」(13章1節参照)とエルサレム神殿を見た弟子たちが感嘆の声を上げたことからも分かります。しかし、イエスは「このすばらしい石」「すばらしい建物」も崩されていくことを予告しています。
 今日のテキストである「葡萄園と農夫の譬えの物語」(12章1~12節)の中で、上記の言葉のように、石材を比喩にした言葉、すなわち「捨てた石」が「隅の親石」となったとイエスが語っているところがあります。これは詩編118編22~23節の引用です。見捨てられた民こそが神にとっては重要な礎石、アーチを作る時の要石となると言うのです。つまり、この物語は、実は「捨てられた石」すなわち、イエス自身の生き方に支えられていることと、そのことに対する人の「気づき」の問題が横たわっています。また、「捨てられた石」に「隅の親石」を見る信仰の奥深さを示しています。
 また、この譬えの物語は人間(農夫)と神(主人)との歴史的な関係を示すものとなっています。神は「僕」(預言者たち)や「息子」(イエス)を派遣するように執拗に忍耐し、なお、頑な者との関係を修復しようと試みる、神の寛大さが語られています。また逆に、人間の頑なさを突き詰めるような展開となっています。繰り返される人間の過ち、人間が神を拒絶する凄みを「息子」殺害(7節)という比喩から読み取ることができます。それは、神殿の石を「すばらしい」と驚嘆する、虚飾と虚栄のみしか見ようとしない弟子たちの在り方や、自分の頑なさや過ちを中々見つめない律法学者たちへの批判でもあります。それはまた、私たちへの厳しい問いかけとなっています。
 イエス自身が「捨てられた石」となり、崩れそうな私たちをなお支えて下さる。この石を「躓きの石」にするか、「隅の親石」にするか、自分を見つめながら自問自答してレントを過ごしていきたいと思います。

(説教要旨/菅根記)

前の説教要旨は下の説教題をクリックすると見れます。(前年度のものは「2020年度説教要旨」のリンクにまとめています。)

「柔和な方イエス」(3/6)
「イエスが触れると」(2/27)
「イエスへの信頼」(2/20)
「心において悟る」(2/13)
「主の言葉は永遠に」(2/6)
「生かされてある命」「教会に帰ろう」(1/30)
「権威ある新しい教え」(1/23)
「新しい存在としての招き」(1/16)
「真実の言葉を求めて」(1/9)
「心を新たにして」(1/2)
「星の光に導かれ」(12/26)
「神の独り子イエス」(12/19)
「主の道をまっすぐに」(12/12)
「コルバンをめぐる論争」(12/5)
「主を待つ心」(11/28)
「天に富を積むこと」(11/21)
「イエスの眼差し」(11/14)
「涙するイエス」(11/7)
「神による完全」(10/31)
「神の前に豊かに」(10/24)
「十字架の愛によって」(10/17)
神学校日礼拝説教要旨(10/10)
「心の底から新たにされて」(10/3)
「今日リンゴの木を植える」(9/26)
「掴もうとする力を緩めて」(9/19)
「生かされてある恵」(9/12)
「キリストにある交わり」(9/5)
「譬話にある神の愛」(8/29)
「キリストにある交わり」(8/22)
「わかってほしい!」(8/15)
「神存在の遠近」(8/8)
「悔い改めの布告」(8/1)
「罪人を招く主」(7/25)
「憐みの器として」(7/18)
「今や恵みの時」(7/11)
「祈りは聞き届けられる」(7/4)
「心のともし火を絶やさず」(6/27)
「豊かさに満たされて」(6/20)
「命の言葉を保って」(6/13)
「神と向き合う人生」(6/6)
「御心に適って」(5/30)
「霊の導きに従って」(5/23)
「心の目を開いて」(5/16)
「このように祈りなさい」(5/9)
「ただ、イエスを見つめて」(5/2)
「このことを信じるか」(4/25)
「心に深く刻まれる恵み」(4/18)
「今日を新しく生き直す」(4/11)
「わが主よ、わが神よ」(4/4)
 2020年度説教要旨