神戸教会の主日礼拝

毎日曜日 午前10時15分より

神戸教会の主日礼拝には、信徒・求道者・学生など毎週約140名の方が出席しています。ゴシック調の築84年の会堂にて、パイプオルガンの音色と讃美の声が響き、聖書の言葉に心を向け、牧者の説教が行われます。どなたでもどうぞお気軽に礼拝にご参加ください。

DSCF3576.JPG神戸教会の主日礼拝の様子               

<礼拝案内>

主日礼拝
2018年8月12日(日) 午前10時15分より
【聖霊降臨節第13主日

【平和聖日】
説 教 
「遜って神と共に歩む」
菅根信彦牧師
聖 書:ミカ書 6章1~8
讃美歌:21-426、21-403




「無限の慈しみ」

「さあ、我々は主のもとに帰ろう」        (ホセア書6章1節)
 統一王朝を形成したダビデ王・ソロモン王の統治後のイスラエル王国は、エルサレムを中心とした「南ユダ王国」とサマリアを中心とした「北イスラエル王国」の二つに分裂します。ホセアはアモスに続く、北イスラエル末期の預言者で、内政の混迷と隣国アッシリア帝国の侵攻という民族の危機の中で召命を受けます。約40年間統治したヤロブアム2世の経済的な繁栄の時代、ホセアが登場し、北イスラエルの民(特に支配階級の人々)がヤーウェの信仰から離れ、「宗教生活の乱れ」「価値観や倫理観の崩壊」の現状にあることを鋭く批判します。特に、彼は民の堕落の原因を農耕の神バアル信仰へと傾斜、偶像崇拝にあると見て非難を加えていきます。その批判は「主の告発」(4章)として、その叱責や審きの言葉は実に10章まで続いていきます。
 当時、北イスラエルの民はヤーウェの名前を語たりながら、バアル的な信仰を信奉していきます。これを、「混淆宗教」(シンクロシズム)と言います。人々は母なる大地の生産力に対して、感謝の礼拝を捧げ犠牲を奉ずる農耕信仰へと流されていきます。まさに、「バアルの祭儀をもって、ヤーウェを礼拝する間に、この礼拝の形式に包まれた信仰の本質もまた、次第に『人格的倫理的神観』から『自然的感覚的神観』に移っていったのだ。これを称して、旧約宗教史上における宗教混淆と言う」(浅野順一著『預言者の宗教』より)と指摘されるような状況が北イスラエルの現実でした。
 ホセアは6章において、北イスラエルの厳しい時代状況を見据えつつ、真の悔い改めを迫ります。「旧約の預言者中ホセアほど深い罪観を抱いた者は稀である」と言われるように、神との契約関係の破棄を罪とみなし、神と民との信頼と服従という人格形成の立て直しを促します。「お前たちの愛は朝の霧、すぐに消え失せる露のようだ」(4節)の印象的な言葉は、神の深い愛に気づいても持続しない北イスラエルの民の姿と神の嘆きを詩的に表現しています。審きの中にも人間の弱さを熟知した神の憐れみを読み込むことができます。それ故に、神の愛(へセド)に基づく誠実な対応を求めています。同時に、「祭儀」の内実を問うていきます。犠牲の燔祭の真実の意味を取り戻すこと、そして、「主に立ち返る」ことを強調します。
 預言者の信仰は、神と差し向かう、人格的な応答関係に生きることを求めています。神によって「語たりかけられ」「招かれ」「問われていく」こと、そして、「迷いつつ」「応え」「従う」応答的な人格関係の構築が預言者の信仰です。神の愛の真実さに触れ、内実が伴う生き方を祈り求めていきたいと思います。   (8/5説教要旨/菅根記)