神戸教会の主日礼拝

毎日曜日 午前10時15分より

神戸教会の主日礼拝には、信徒・求道者・学生など毎週約120名の方が出席しています。ゴシック調の築87年の会堂にて、パイプオルガンの音色と讃美の声が響き、聖書の言葉に心を向け、牧者の説教が行われます。どなたでもどうぞお気軽に礼拝にご参加ください。

DSCF3576.JPG神戸教会の主日礼拝の様子               

<礼拝案内>

主日礼拝
2020年7月5日(日) 午前10時15分より
【聖霊降臨節第6主日


説 教 
「十字架の意味」
菅根信彦牧師

聖書:エフェソ書2章11~22節
讃美歌:21-353、21-414






自宅礼拝用讃美歌 奏楽者:瀬尾千絵姉

 以下の讃美歌番号をクリックすると讃美歌が流れます。お好きな讃美歌をご自宅での礼拝にご活用ください。

21-17 聖なる主の美しさとIMG_9846.JPG

21-18 「心を高く上げよ!」

21-24 たたえよ、主の民

21-27 父・子・聖霊の

21-351 聖なる聖なる

21-475 あめなるよろこびDSCF9930.JPG

21-463 わが行くみち

21-493 いつくしみ深い

21-494 ガリラヤの風

21-575 球根の中には

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「十字架の意味」(7/5)

「実にキリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、ご自分の肉において、敵意という隔ての壁を取り壊しました

(エフェソ書2章14節)

 「実にキリストはわたしたちの平和です」との印象深い言葉がエフェソ書2章に語られています。「平和」は、ヘブライ語で「シャーローム」。この意味は、第1に「戦いのない状態」を指します。また、第2に「人間が生きる上での尊厳が保障される状態」を示します。また、イスラエルの民は日常の挨拶として、隣人への祈りとしてこの言葉は用いてきました。さらに、長くイスラエルの民が求めてきたこの「平和」の概念に、エフェソ書の著者は、キリスト・イエスにおける愛、すなわち、人間の罪や愚かさを贖う十字架の和解の働きを加味して「平和」というギリシア語である「エイレネー」という言葉を用いています。そして、イエスの愛の中で、私たち自身も「新しい人」(存在)になり、「二つのものを一つにする」和解の働きに参与していくことを促しています。
 エフェソの著者は、神と私という個人の救いや平安だけを説くのではなく、神の救いと赦しが与えられた者の生き方を示しています。キリストによる「平和」は、力によるものではなく、他者への屈服ではなく、イエスご自身の和解の働き抜きにはありえないことを強調しています。この「和解」(アポカタルラスセイン)という言葉はもともと「顔なじみでない友人たちを一緒にする」との意味です。つまり、イエスの十字架の贖いという働きによって一つとなることができることを示しています。
 また、逆にこの「平和」を脅かすものとして、対極にあるものとして「敵意」という感情を取り上げています。「平和」を作り出す根源的な行為である「和解」は、「敵意」という感情をどのように抑えていくかが大きな関心事となっていることが分かります。「敵意」とは対立する相手を倒そうとする思いを言います。相手を敵として憎む心を言います。相手が個人である場合には「反感」「憎悪」「拒絶」そして「憎しみ」などに転化していきます。また、相手が共同体や国や民族の場合は「偏見」「差別意識」「敵視」そして「排除」という破壊的な力となって現れます。その最たるものが戦争でしょう。現在、世界中がこの「敵意」に覆われているかのように排外的な力が働いています。
 先月6月23日は沖縄戦から75年を刻んだ「慰霊の日」でした。「平和の礎」の刻銘者は24万人1953人に上ります。当日追悼式で読み上げられた平和の詩・高良朱香音さんの「あなたがあの時」は、戦争体験を語り続けた人たちの言葉に自分を重ねて、その方々への感謝と「決して失われてはいけない平和の尊さ」を静かに熱く語られたもので、心に響くものでした。イエスの十字架の出来事に自分を重ね平和を創り出す者へと押し出されていきたいと思います。

(説教要旨/菅根記)

「残りの民」(6/28)

「私は足の萎えた者を集め…残りの者と…する」

(ミカ書4章6~7節『聖書協会共同訳』)

 教会暦により旧約・ミカ書を学びます。ミカ書1章1節には彼の時代の王が記されています(ヨタム、アハズ、ヒゼキヤ)。この王名表から、彼の活動年代がメソポタミアの大国アッシリアの全盛期であったことが読み取れます。アッシリアは北イスラエル王国を滅ぼし(前722)、版図をエジプトまで拡げました。ミカが暮らす小国・南ユダ王国はアッシリアの属国となり、当時の王アハズは従属のしるしとしてアッシリアの国家宗教(天体礼拝)をエルサレム神殿に受け入れざるを得ませんでした(列王記下16:7-18)。純朴に聖書の宗教を信ずる人たちの心が傷つき、すさんだであろうことが想像されます。困難の中に残され、限界状況にありました。
 ミカの故郷はモレシェト(ミカ書1:1)ともモレシェト・ガド(1:14)とも書かれています。モレシェトはユダの街ですが、敵対するペリシテ人の街ガドと隣接していたからでしょう、少なからず蔑んだ響きが含まれているように思えます。ミカ書7章1節「悲しいかな…もはや、食べられるぶどうの実はなく…初なりのいちじくもない」からは、かなり疲弊した村の生活が窺えます。これがミカの日常でした。彼は地方の有力者で、権力者に近い位置にありましたが、支配者の圧政に苦しむ民衆の思いを感知できる人でした。
 ミカ書4章1~3節はイザヤ書2章2~4節に同じくだりが見られます。誰か特定の人の創作ということではなく、前8世紀の人から愛されたフレーズであったのだと思われます。その主要部は今日、国連本部前庭にある彫像に刻まれて、時代を超えた人類共有の祈りとなっています。
 この段落は「終わりの日に」に導入され、終末論的な性格を備え、神が責務を負う、新たな世代開始の宣言と、そこにおける生き方を語っている申せます。そして「主の神殿の山」(ミカ4:1)すなわちエルサレムが世界の中心として「堅く立ち…そびえる」と告げます。ある種の覇権主義的な言葉ともとれます。イザヤはこの言葉を引用し、神がイスラエル(ヤコブの家)を「捨てた」(イザヤ書2:6)と裁きを綴りました。一方ミカは、神が足の萎えた者を集め「残りの民」(シェアル)とすると、救いの言葉を伝えます(4:6~7)。シェアルはもともと古代オリエント社会で戦争や災害の生き残りを指しました。無力の象徴でした。聖書の民の場合、神に選ばれたはずの者が苦難を受けるという矛盾に、いっそう苦しまねばなりませんでした。ミカはこの言い回しをもって、残され、活かされている意味を積極的に受け止め、信仰の応答を考え抜くよう、読者を促します。

(説教要旨/飯記)


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